「いちばんはずれのところ」を指すことば「さいはて」には、「そこに行ってみたい」と思わせる不思議な魔力があります。
自転車乗りにとって身近なところでは、渋峠にある県境や十石峠などがすばらしい「さいはて」です。ただこれらは一県・一地域でみたときの「いちばんはずれ」であって、その意味では少し物足りないような気もしてきます。
本当のさいはて、それはやはり「ひとつの大きな世界の終わり」になるでしょう。今回紹介するのは、自転車でそんなところを走るコースです。
大霊場に至る道「恐山街道」
スタートは青森県むつ市。
今回最初に走るのは、青森県道4号 むつ恐山公園大畑線(以下、r4)。むつ市内を起点とし、下北半島北部に広がる「恐山山地」に分け入っていく道です。「恐山街道」とも呼ばれます。
5kmも行かないうちにシカ・タヌキに遭遇。一瞬過ぎて撮れませんでしたが、クマも目撃。出会う感覚も頻度も関東などとは段違いで、辺境を走っていることを実感できます。
沿道にはお地蔵さん、平日だったこともあり通る車はほとんどなく、静かに佇んでいました。
10km行ったところで道が分岐、左折して展望道路「かまふせスカイライン」に寄り道します。
同スカイラインには展望台がいくつかあり、むつ湾を一望できます。沿岸には海上自衛隊の基地があり、このときは大型の艦船がゆるやかに航行していました。
この日は天気が良く、下北半島の北東端にある尻屋崎、そして津軽海峡も見通せました。下北が本州の最北端、「日本」が終わる場所なのだと視覚的に理解できます。
恐山、それは現世の果て
分岐点に戻ってまた街道を進むと、「霊場恐山」と書かれた門が登場。「結界門」というそうで、つまりは娑婆── 現世がここで一度終わるということ。
そこから大きく下って、恐山山地の火山噴火で形成されたカルデラ湖「宇曽利湖」(うそりこ)へ。
景色が開け、息を飲むような景色が。橋だったのか船着き場だったのか、朽ちた木柱は誰をどこに連れていくものだったのでしょうか。
第一の目的地は、北の大霊場「恐山」。
「恐山」は、天台宗によって9世紀に開山され現在では曹洞宗の寺院となっている「恐山菩提寺」の通称。実はそういう名前の山があるわけではなく、山々に取り囲まれたカルデラ湖畔の総称です。
高台に上れば、山々が恐山菩提寺を外界と分かっているのがよくわかります。案内図では「蓮華台(仏像などが立っている台)の如き」と評されていましたが、自然によって偶然形成されたにもかかわらず意味を見出したくなる、そんな景色です。
美しい山内で一際目立つのが、白い岩石が露出する「無間地獄」と呼ばれる一帯です。分け入っていけば積み石が目立ち、自分が訪れた際は快晴であったにも関わらず、異様さを感じてしまいました。
あるものすべてに、じっと見入らせるような何かがある。
ねっとりとしたものを感じた、手書き文字の入った石。これを見て思いました、「あくまで観光地として見よう」と。
こういったものはすべて、死に関わる差し迫った理由があってここにあるそうです(『恐山:死者のいる場所』という恐山菩提寺の住職代理の方が書かれた本に詳しいです)。つまりは「何らかの形で日常が終わった生者がすがる場所」。
あるものひとつひとつについて「なぜあるのか」を考え出すと、考え込んでしまうようなところがあります。
レトロな建物や小物が多かったり、
参拝料を払えば入れる温泉があったりと、観光地的に楽しめる部分もあります。そこを素朴に楽しめるうちが華なのかもしれません。
下北半島の深部へ
r4は恐山で終わりではなく、まだ続いています。恐山が旅の終着地点たり得ない自分にとっては、むしろ都合が良かったかもしれません。
恐山まではいくらか車とも行き会いましたが、この区間で出会ったのはわずか1台。上り基調ですが勾配はゆるく、新緑の中を静かに、淡々と行く感じ。
8kmほど進むと、薬研という温泉地に出ますが、観光案内の看板が壊れてひっくり返っているような有り様。
沿道にある施設はどれも営業していませんでした。こんなに天気がいいのに滅びを感じます。
薬研温泉でr4とはお別れし、青森県道284号 薬研佐井線に入ります。
この区間で特徴的なのは、電柱がまったくないこと。酷道425号でさえ電柱・鉄塔の類いはありました。30kmほどあるのですが、人家も観光施設も一切なく、あるのは工事現場のみ。本当に「恐山山地を抜けて下北半島西岸部とむつ市をつなぐだけの道」です。人の営みがほとんどなさそうでした。
そんな秘境区間であるにも関わらずニーズはかなりあるようで、沿岸部側からくる車両とちょくちょく行き会いました。ごく最近まで未舗装だったそうですが、整備が完了していて舗装は綺麗で、上り基調ですが勾配は非常に緩いです。
山間部であるにも関わらずストレートが非常に多いのも特徴で、けっこうすっ飛ばせます。
美しいスノーシェッドを抜けて下っていくと…
佐井村に出ます。独特な家屋の中を一気に駆け抜けます。
「日本」が終わるところ:佐井〜大間崎
沿岸沿いに出ると、1本のあぜ道。その先には津軽海峡、そして大きな陸地。北海道です。ところどころにある風力発電用の白い風車があるのが印象的、景色がもう本州っぽくありません。
津軽海峡を横目にさらに北上。
恐山山地では常に感じていた重苦しさからは完全に開放され、飛び立つ鳥のように快走できます。
そうしてたどり着くのは「大間崎」、本州最北端にある岬です。ここもまたひとつのさいはて。でも、以外と「それだけ」です。
そう感じるのは、海峡の先に北海道が見えるから。大間崎から北海道までは約20km弱だそうで、肉眼だと写っている山脈のディテールまでわかりました。
さいはてとは何だろう?と思います。自分は自転車でいけるそれがあれば、つい走ってしまいます。越えてみていつも思うのは、そこで何かが本当に終わるなんてことはない、ということ。
だから、ここで終わりにするべきではない。そういうことなのだと思います。
大間崎からはフェリーで津軽海峡を渡れます。ならば行きましょう、彼岸へ。
フェリーのデッキにいると、下北半島がどんどん小さくなっていきました。本当にあっけなかった。
異世界としての北海道
代わりに進行方向に見えたもの、それはいきなり巨大でした。この「巨大」という印象はこの後ずっとつきまとうことになります。
これがなんだったかと言えば、箱館山です。完全なる「山」なのが小さく写る建物との比較でわかるのではないかと思いますが、これが市街地にある。それが北海道。
自分がこのとき思い出したのは、『HUNTER×HUNTER』に出てくるグリードアイランド。冨樫義博は「実はもっと強大なものがあった」という展開を描くのがジャンプ作家の中でもことのほかうまい。あれだけ強かった戸黒弟がB級妖怪に過ぎなかった、とか。
恐山を越え、大間崎までたどり着き、津軽海峡フェリーに乗るこのライドの真骨頂は、まさにそんな経験ができることです。北海道は規格外に大きい。この函館山の奥に、さらに一面、広がっているのですから。
下船する瞬間の興奮には凄まじいものがありました。降り立った瞬間にまず空気がちがう。下北半島でさえ初夏のように感じる1日だったのに、肌寒さを感じました。湿気も感じない。空はありえないほど広い。
真の終着地点は函館。「さいはてとは何か?」という疑問に答えるなら、それは「始まり」ということになるのでしょう。
わざわざロードバイクで山を越え、海を越えてたどり着いた函館は、何度か訪れたことがあるにも関わらず、まったく見知らぬ土地のように感じられました。
青森から行ってみるとよくわかります。北海道は「日本」ではない。規模がちがい、空気がちがう。東と西とのちがいとは根本的に異なっています。
「明らかに異質な大地がなぜか同じ括りに入っている」
鉄道や飛行機できたときにはそんなことはつゆほども感じなかったことです。
でも、そんなことはすぐにどうでもよくなります。そこがまた良い。
飲みに繰り出してみたらひたすら楽しい。今回入ったお店に関しては、物量(とにかく何でもデカくて多い)+濃い味付けでごり押しという感じ。
貪って一気に流し込む、酒はビールがベスト。それが北海道の楽しみ方なんだな、と。
アップダウンが激しいコースはいろいろと走りましたが、ここまで「気持ちのアップダウン」が激しいコースはなかったように思います。
コースの全貌:恐山〜大間崎〜函館
- 起点:青森県むつ市内(最寄り駅:JR大湊線 大湊駅 or 下北駅)
- 終点:北海道函館市内(最寄り駅:JR函館駅)
- 見た目ほど難しいコースではありません。恐山には自販機などがあり、佐井でも補給できるので、r284区間でメカトラが怖いくらいです(平日でも交通があったので走行不能になってもなんとかはなりそう)。
- 津軽海峡フェリーが1日2便(大間→函館は7:00発と13:40発)しかなく、恐山経由で乗船する場合は一応時間に注意が必要。
- ただ、今回恐山で2時間程度滞在しても余裕があったので、早朝に出るならそこまで厳しくないと思います。
なお、本コースはいつも一緒に走らせていただいているイナさん ( @ina_419 )が引いてくださったもの、いつも誘ってくださってありがとうございます。イナさんはいつも奇抜なコースを走っているやばい方なので、こういう変なコースにご興味ある方はTwitterをぜひご覧になってみてください。
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